(文・写真・構成:氏家おりえ(EMS0期修了、1期特論Ⅱ受講))
<遠藤 直紀さん プロフィール>
1974年鳥取県生まれ。横浜国立大学経営学部卒。米国留学後、97年にソフトウエア開発会社に就職。98年にアンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に転職、通信会社のインターネット活用戦略策定プロジェクトなどに参画。2000年3月、ビービットを設立し代表取締役に就任。設立当時から日本ではまだ馴染みの薄い“ユーザビリティ、ユーザエクスペリエンスの重要性”に着目、コンサルティングを開始。人間の心理を解明することで多くのデジタルサービスの改善を行ってきた。2017年からはコンサルティングに留まらず、ユーザエクスペリエンスの高めるSaaS、USERGRAMの提供を開始している。
みなさん、こんにちは。大久保寛司です。
このインタビューでは、私が聞き手になり、「〇〇の本質とは何か」を追求していきます。今回は、株式会社ビービットの代表取締役である遠藤直紀さんをお招きしました。遠藤さんは、EMS(エッセンシャルマネジメントスクール)の0期生です。遠藤さんは、なぜEMSに参加され、何を学ばれたのでしょうか。お話を伺います。
まず初めに、自己紹介をお願いできますか?
株式会社ビービットの代表を務めています。ビービットは、「ユーザエクスペリエンス」、つまり「お客様に対してどういう良い体験を提供するのか」を設計する事業を行っています。
「良い体験を設計する」とは、例えばどういうことでしょうか?
スターバックスコーヒーが日本に上陸してから、「体験」が脚光を浴びてきました。もともとコーヒー屋さんは、本質的には「コーヒーの味を問う場所」と思われがちです。コーヒー屋さんがたくさん増えてくる中で、スターバックスはコーヒーの味だけで勝負しているわけではありません。例えば、流れている音楽や、名前を覚えてもらえるという接客のひと工夫など(私たち消費者は、スターバックスにおける)トータルのエクスペリエンスを踏まえて「またここに来たいな」と判断するようになっています。サービスのスペックである値段や味だけではなくて、そこで体験した全部(トータル)で評価するようになっている、それを「エクスペリエンス」と呼んでいます。
商品を売るとき・買うときに、製品そのものだけではなく、お店の雰囲気や説明の仕方なども含めて、全体(トータル)でみる、ということですね。
はい。実はまだ、新しい分野です。米国では、2000年あたりから「ユーザエクスペリエンス」ということが言われるようになってきました。AmazonやGoogleが出てきて以降、「エクスペリエンス」は非常に重視されています。
ビジネスの基本から考えると、ある意味当然のような気がします。
お客様中心の視点で考えると、店構えや商品の説明の仕方、コミュニケーションの取り方など、工夫する点は色々ありますが、それは特別なことではなく、ある意味、「普通」じゃないのかなという感じがしたのですが。
おっしゃる通りだと思います。「商い」の根本は、もともと「エクスペリエンス」を提供することでした。利益を追い求めるのではなく、目的は「人のために役に立つこと」だったのです。しかし、高度経済成長で「モノ」が重視されるようになっていきました。例えば、冷蔵庫は出来るだけ多機能で安いモノが求められるようになり、それを中心にビジネスが成り立つようになっていきました。では、(モノは、そのうちに満たされていくので)「モノが溢れた後、どうするのか」という議論が生まれたとき、「ちゃんと基本に戻ろうよ」という考えが出始めてきたのです。そこで注目されるようになってきたのが、「ユーザエクスペリエンス」あるいは「カスタマーエクスペリエンス」という言葉です。
「モノ」買いから「コト(体験)」買いに変化してきている、ということですね。
企業とは、どのようにして「体験を設計」していくのですか?
日本は製造業を中心に発展してきたので、「コト」の設計は、この70年間ほとんど注目されませんでした。「モノ」の価値や生産性を追求してきたので、急に「コト」体験を設計するのは難しいようです。そこで私たちは、体験を設計する方法論をご提供しています。
また、もう一つ特徴的なことがあります。お客様の生活に、デジタルが浸透してきている点です。スマートフォンによって、企業とお客様が24時間365日繋がれるようになったんですね。
いつでも、どこでも。
そうです。そうすると、企業は商品を売りっ放しにするのではなく、購入頂いた後のフォローアップのためにデジタルを使うことができるのです。つまり、「エクスペリエンス」設計の幅が非常に広がっているんです。さらに、デジタルで繋がるとお客様の行動をトラッキングできるようになるのです。「何時何分に何を扱った」がわかるようになると、より良い「エクスペリエンス」を再設計できるようになります。そうすると、「体験の設計」に注力している企業と、注力していない企業の差がどんどん大きくなっていきます。
簡単に言うと、どれだけお客様の立場で考えているか、ということですね。
はい。デジタル時代には、データとして事実が手に入るようになるので、それに基づいて改善をしている企業としていない企業との差が大きく開きます。そこに危機感を持っている大手企業様が非常に増えているというのが現状です。
遠藤さんが登壇された「TEDxTodai 2013」を拝見させて頂きました。ものすごく感銘を受けました。遠藤さんの仕事や生き方に関しての価値観が語られていましたね。
「TEDxTodai 2013」では、「貢献志向の仕事」というタイトルでお話させて頂きました。私は、様々な企業様の「エクスペリエンス」設計の仕事をしていますが、天秤にかかるんです。「顧客の先にいる消費者のために良いエクスペリエンスを提供するのか、エクスペリエンスを殺してでも顧客の売り上げを上げた方がいいのか」と。なかなか実例を話しづらいのですが、例えば、絶対損をするとわかっている金融商品に、ちょっと化粧をかけて売ることは、できなくはないのです。また、クレジットカードのリボ払いは、多くの方が仕組みを知らずに使われているんですね。リボ払いの方がポイントがたくさん貯まるよと(利用を促進はするんですが、お客様にとっては実は)たくさん金利がかかってしまっている…みたいなことが数多く発生しているのです。リボ払いの事例の場合、消費者にとって短期的な「エクスペリエンス」は良いかもしれないですが、長期的な「エクスペリエンス」として本当にいいのかというと、なかなか難しいところがあるんですね。企業の売り上げは上がるかもしれないけれど…。そういう悲しみがたくさんあるんです。さらに、企業に勤めている方自身も、やりたくてやっているわけではない場合があります。
そうですね、ノルマだから仕方なく。
そうなんです。「一体、何が起こっているのだろうか」と、課題意識を持っていたので、「どう解釈して、どう解いていけば、いい社会になるのか」を考えて約15分お話したのが、「貢献志向の仕事」です。
人によっては「真心」には蓋をして、企業だから儲けなければならないんだ、使う方の自己責任だ、と割り切っている方も世の中にはいらっしゃいますね。でもそれは、遠藤さんにとっては納得できない世界だったんですね。
そうですね。自分はやりたくないし、そういう仕事はしたくないなと思いますし、自分の友達にも、家族にも子どもにも、して欲しくないと思います。
「判断する基準はシンプルでいい」と、私は常々お話しています。「常識と真心で考えて、いいものはいい、駄目なものは駄目だ」と。「真心」の観点で見れば、すぐ「×」がつきます。儲かるけれど、周りに迷惑をかけちゃうな、なのに促進して売っていいのかな…と。「真心」があれば「NO」ですよね。遠藤さんは、そこの思いを昔からお持ちだったんですか?
そんなことはないです(笑)。様々な体験をしながら、どうしてこんなに辛いのだろう、なぜこういうことが構造として起こっているのだろう、と考えたのです。
考えた結果、経営の仕組みに大きな問題があるんじゃないかと思いました。「真心を持って仕事をする」という考え方自体は、まだ、世の中に広く浸透しているわけではないですよね。だとすると、おそらく就職活動の時に「真心」を中心に企業を選んでいる就活生は少ないということですよね。
ほとんどいないですよね。あの会社は給料が高いとか、ブランドがあるとか。そんな軸で選んでいるケースがほとんどではないでしょうか。
はい。そういう視点で選ばれるので、企業とはそういうものだ、と若い社員は思っているのではないでしょうか。ですので、「経営の仕組み」や「ものの見方」を変えていかないと、本質的には変わらないんじゃないかなと思っています。また、私は、利益には「良い利益」と「悪い利益」の2つがあるのではないかと考えています。前者は長期的にお客様の役に立つ状態、後者は短期的にはお客様は喜ぶが、長期的な利益には貢献しないであろう状態を作り出す利益です。
私がよくお話する、長野県伊那市にある伊那食品工業。
大げさじゃなく真心の塊みたいな感じで仕事が回っているんですけれども、実質50年以上の連続増収増益という素晴らしい会社です。会社を嫌がって辞めた人が創業以来一人しかいないという、夢のような世界です。彼らは現実の世界で、結果として売上と利益を出しています。その代わり、ベースにはものすごい商品開発力があります。販売戦略もしっかりしています。まだあまり注目されていないのですが、実はすごくベースがしっかりしているんですよ。
伊那食品工業もすごいけれど、遠藤さんもすごいぞ!という声がEMS受講生からありました。
EMSとは、どんなご縁で出会いましたか?
私はライフワークとして、「どうやれば役に立った上で儲かるシステムが作れるのか」を考えています。
「役立つ」が先なのですね。
「役立った結果、儲かる」というサイクルがグルグル回っているような。全ての仕事が、人の役に立つことを目的に行われているといいな、と思っています。
本来の「仕事」の姿に戻したい!という想いで、本質行動学を学びたいと思われたんですね。
はい。元々のきっかけは、西條剛央先生の「ふんばろう東日本支援プロジェクト」を知ったことが始まりです。糸井重里さんとの対談の記事を読んで人と人の輪を作っていく力などが、本当にすごいなと思いました。(現実世界では)正しいことばかりが実行されていくわけではありません。ですから、机上の空論にならない実学を学びたいと思いました。実績のある西條先生の考え方やアプローチを学んで、「全ての仕事が人の役に立つ仕事になる」社会づくりに活かしたいなというのが最大のきっかけです。
EMSの0期は毎週講義があったのでタフだったと思いますが、全国から参加くださった方がおられてありがたいことです。EMSでの新たな気づきや学びはありましたか?
あります。EMSの基本として「肯定ファースト」という言葉があります。その考え方は素晴らしいと思いますし、そうあるべきだと思います。しかし一方で、私は会社の代表として、成果を出さないといけない。社会で何かを変えていくには、矛盾との戦いがあるなど一筋縄でいかないものです。ですから、実践においては「この考え方は、本当に使えるのかな」という問いを立てて常に考えないといけないなと思っていました。
そのとおりですね。
企業経営していく上で、ステークホルダーは数多くいらっしゃいます。社員の方、お客様、仕入れ先、取引先、地域住民の方々などです。そもそも企業が事業を行う目的は、「人の役に立つ」ことだと私は考えています。だからこそ、私たちは数多くのステークホルダーのうち「誰の役に立とうとしているのか」、「優先順位をどうするのがよいか」と考えます。全員に八方美人でいるわけにはいかないんですよね。私は、そんな議論がしたくてEMSに参加しました。講義の中で、「(ステークホルダーの誰かの)犠牲を伴わないようにする」ということは、制約条件として重要だと再確認できました。その上で、どういう優先順位でやっていくのかを考えるきっかけになりましたし、大きな学びでした。私が事業で行っている「ユーザエクスペリエンスのデザイン設計」とEMSで教えて頂いた考え方は、本質的なところで重なる部分があり、さらに考えを深めるきっかけとなりました。
先述した伊那食品工業の場合、どこにも犠牲が出てないんですよね。
社員はもちろん取引先も地域も。企業価値という言葉が脚光を浴びていた時期があります。時価総額を企業価値の基準にしたり。しかし企業価値は、「世の中へ幸せを生み出した総量」ではないかと私は考えています。
利益を出しているとしても社員が次々と倒れていたら、これはマイナスですよね。
企業全体を俯瞰して、「世の中へ生み出した幸せの総量が企業価値」という風に考えると、極めてわかりやすいんじゃないかなと思うわけです。いかがですか。
素晴らしい考え方だと思います。
私たちの会社の社外取締役に矢野和夫さんという方がいらっしゃいます。彼は、「幸せの研究とAIの研究」をして、幸せを定量化しているんです。周りの人が幸せになっているかどうか、動きでわかるというのです。完全に定量化できるようになっていて、企業が生み出している幸せの量がどのくらいあるのかを測れるようにしています。このあたりは、非常に面白いなと思っています。
遠藤さんのお知り合いに、「EMSとは何か」と聞かれたら、どういうふうにお話されますか?
名前の通り、「本質を追求していく」場です。単なる机上の空論ではなくて、どう現実に当てはめて価値を出していくかについて議論ができる場だと伝えます。志があって、世の中を良くしたいと思っている方には、ぜひ参加していただきたいなと思っています。
遠藤さん、貴重なお話をありがとうございました。
【インタビューを終えて】
遠藤さんの「志を持って、やっぱり世の中を良くしたい」という言葉が印象的でした。
そういう想いを持っておられる方は、EMSに来て頂ければ人と人との輪も広がるし、自分自身も大きく成長させることができるんじゃないかなと思います。みなさんとお会いできる日を楽しみにしています。